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- さまぁ〜ず - Wikipedia
- とても仲のいいコンビとして有名である。
- 三村の車に同乗して仕事場にやって来たり、新幹線や飛行機では隣の席に座るなど。新幹線や飛行機に相席する件に関して大竹は「知らない気持ち悪いオッサンの隣に座るより、知ってる気持ち悪いオッサン(三村)の隣の方がマシだから」と語っている(三村も同様の考えらしい)。
- 大竹曰く、「うちらはキャイ〜ンの次ぐらいに仲が良い」。
- 20年来の友人ということもあって互いの趣味嗜好が似ており、身につけるものなどにおいて2人が偶然同じものを持っていたりするという。また、共演者からしばしば「思い出が同じ」などともいわれる。
- ただし一緒に飲みに行くときは、4人以上じゃないと嫌だと述べている。三村曰く「3人だとトイレに行かれたりすると2人っきりになって気まずいから、さまぁ~ず濃度が2分の1以下(さまぁ~ず以外の人物が二人以上いること)がいい」と述べている。[9]。
- 『SMAP×SMAP』に出演した際は中居から「なぜそんなに仲が良いのか?」と聞かれ「売れない時期が長かったから身内で争ってる場合じゃないことに気付いた。敵は外にいるんだと思った。」と語った。二人曰く「いきなりスターダムに伸し上がったコンビは両方生意気になるので疎遠になる」のだという。
- インパルス板倉はさまぁ~ず、鈴木紗理奈、板倉で飛行機に乗った際、普通はコンビは割れて着席するところさまぁ~ずは隣同士だったエピソードを語った。また到着後も眠り続ける三村を「着いたよ」と起こすのは大竹だった。
- 知り合ったのは高校2年生の時だが地元は一緒で中学が隣。当時の墨田区(下町界隈)の中学は不良の天下であり、強い者しか生き残れない環境がお笑いを育んだと語っている。二人とも恐怖の中学時代を記憶から抹消している。三村は地元の不良と関わりたくない一心から遠くの私立高校を選んだにも関わらず、地元一の不良も同じ高校に合格してしまい合格発表では苦笑いだった。ちなみに当時の墨田区に2校あった極悪中学のうちの1校に大竹は通っていた。
- バカルディ時代、ギルガメッシュないとに出演していた2人は、別の仕事で出会った松本幸四郎に「君たち良いお笑いのセンス持っているんだからああいう番組出ないほうが良いよ」と言われたことがあるという[10]。
- 低迷していた頃、三村は大竹に「バカルディの核は大竹だ。ヨゴレ仕事は全部オレが引き受けるから、お前は思う存分ネタを書け」と言い続けていた。
- 伊集院光は『大石恵三』が視聴率が悪く、打ち切られた事がバカルディ時代の低迷・不遇の原因だと指摘している。
- 1996年頃、『ナインティナインのオールナイトニッポン』(ニッポン放送)の番組内で三村のツッコミが何度もネタにされた。岡村隆史は当時から三村を「関東一のツッコミ」と呼び、各所で三村のものまねを披露していたようだが、当時の三村の知名度からテレビでそのシーンが放送されることはまれだった。また『めちゃ×2イケてるッ!』(フジテレビ系)のコーナー「笑わず嫌い王決定戦」にもコーナー開始当初から出演。これらもまたさまぁ〜ずがのちに再び脚光を浴びる下地となっており、当人たちも様々な場所で「(再ブレイクは)ナインティナインのおかげ」と語っている。
- 2人は学生時代からビートたけしに憧れている。
- 三村はピコピコハンマーで叩かれる事が念願だった。大竹はバカルディ時代に出演した『ビートたけしのお笑いウルトラクイズ』で多少いじられた事はあるが、三村は長年全く絡みが無かった。このため三村にとってはデビュー以来の目標だったが、2003年に『ビートたけしの!こんなはずでは!!』のレギュラー出演で遂に共演が実現した[12]。
- 三村がたけしに久々に挨拶に行った事があった。上記のレギュラー番組で共演していたものの、自分の事など覚えていないだろうと思い挨拶に臨んだが、たけしが思いの外フランクに接してきたためかえって恐縮してしまい、「今日どうした?」と聞かれたのに「何でもないっす、失礼します。」としどろもどろになってしまい、満足に挨拶できなかった[13]。
- 平成教育委員会スペシャルに出演した際、あまりボケる事も出来ず見せ場がなかった2人に対して、たけしがさりげなく見せ場を作った事があった。正解すると高級食材が食べられる問題の時、司会者の特権を利用してたけしが食べ、それに対して出演者が突っ込むというくだりが数回あった。数回繰り返した後、たけしがカメラの死角で大竹に箸を渡し、大竹はそれを受けて高級食材を勝手に食べるというボケをした。その一部始終を見ていた三村は抜群のタイミングで突っ込むことができ、またたけしも何食わぬ顔で大竹に突っ込んだ。後に番組内で三村が「ご本人は照れて嫌がるでしょうが、これは是非言っておきたい」と言ってこのエピソードを紹介した[14]。
- 所ジョージは、彼らが売れてないバカルディの頃から「俺は面白いと思うよ。俺が面白いだけで売れないかもしれないけどね」とそのコントを評価している。「天才!トコロ店」・「所萬遊記」・「所さんの真剣ゴルフ対決!~勝てるものならかかってきなさい~」・「お茶の水ハカセ(ゲスト出演)」など共演番組も多く、かつて2人が乗っていたアメ車を所が番組内で選ぶほどに可愛がっている。又、所は三村ツッコミは笑いを求めないのでお笑いとして勉強になると言っていた。
番組で共演した東野幸治が「さまぁ~ずと一緒に番組やってるときの所さん(所ジョージ)は本当に楽しそう。あんな笑顔の所さんは他では見たことがない」と語るほどに、『所萬遊記』を一視聴者として観ていた東野幸治は番組内での所とさまぁ〜ずの良好な関係を羨ましがっていた。[15]
所メインMCの『所萬遊記』の企画で、総合格闘家の所英男に入場曲として『逆境ファイター』と言う曲を提供、番組レギュラーだったさまぁ〜ずも共演者の中島知子と共にコーラスで参加している。
- 事務所の後輩優香には兄と慕われている。さまぁ~ずが新堂本兄弟に出演した際、VTRコメントを寄せ、「さまぁ~ずのお二人は、本当にカッコいいです。ルックスとかではなくて、ネプチューン名倉さんや、つぶやきシローさんなど、自分たちも売れていない頃から、後輩に対する面倒見が本当に良いのがすごいと思います。」と語っている。また、「ホリプロにタレントさんとして入ったばかりの女の子は、皆一度はさまぁ~ずさんに惚れる」とも発言している。A-studio出演の際は、「大竹の結婚には嫉妬してしまった」「仕事でどん底まで落ち込み部屋で塞ぎ込んでいたとき、親よりも先に三村に電話した」というエピソードを披露している。ちなみに大竹は映画『ICHI』を観て事務所の後輩綾瀬はるかを好きになった。
- 『世界を変える100人の日本人!』で三村と共演している三宅裕司は、自身の子供とお笑いの話をした際に「さまぁ〜ずが好き」などと言われると、「東京っぽい笑いが好きなんだ。いいセンスしているな」と嬉しくなるという。[16]
- 大竹が三村の車内を食べ物などで汚してしまった際、三村は奥さんに対して自分が汚してしまったと、大竹のフォローをすることがあるという。その理由を聞かれたときに「そんなことが原因で奥さんと大竹の仲が悪くなったりギクシャクしてしまうのが嫌だから、いつまでも仲良くいてほしい」と語り、自分の周囲の人間関係への配慮を見せた。[17]
- ヤマダ電機の元祖CMタレントであり、「ヤマ~ダ電機」のメロディはCMに出演したさまぁ~ずが、休憩中に何気なく鼻歌で歌ったものが採用された(バカルディ時代)。
- ホリプロがM2カンパニーと提携し、M2カンパニーをホリプロコムとしたときに、社長に呼ばれて3人で会食をしていたという。その時は合併だと思っていたが、実際にはM2カンパニーの子会社化であったのに驚いたという。三村は「合併すべき」と述べており、その理由として「さまぁ~ずに憧れた男子グループはホリプロコムに入り、バナナマンに憧れた女子グループがホリプロに入ってしまうことが本末転倒」という点をあげている。[18]
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